花遊ブログでティータイム
フラワーデザイン、お料理などの創作、出会い、旅行など、写真と文で綴ります。
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花遊(はなゆう)

Author:花遊(はなゆう)
岡山市内在住。人と楽しく関わることが大好き。夢は、古民家再生の工房を作り、そこでお花やクッキングなどをして交流の場を作ること。会社員の傍ら、フラワーデザイナーの資格を持ち教えていましたがお休み中。写真好き。目下、海外旅行と写真撮影にはまっています。

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聖川丸のこと
IMG_convert_20110804214714.jpg

先日、adagioでお借りした「聖川丸(きよかわまる)」のファイル。
日曜日の朝、じっくりと一気に読みました。
涙があふれてとまりませんでした。

 太平洋戦争
  特設水上機母艦 「聖川丸」
   通信兵 土橋 進 の証言 

8月は原爆投下や終戦記念日をむかえ、戦争の話題に触れる機会が多くなります。
この克明な証言を読ませて頂いたのも、何か導かれるものがあるように思います。

証言者の土橋 進氏は、現在、87歳。
私がトレーニングジムに通っていた時の指導者、粟井幸子先生のお父様で、ご健在でいらっしゃいます。

「私には生の声で証言を聴くことができる父がいる!」と
今から数年前、映画「男たちの大和」を見た幸子先生は、記録に残す事を思い立ったそうです。
しかし、多くの戦争体験者、遺族がそうであるように、
悲惨な戦争体験を呼び覚ますことは、
話す側も聴く側も相当の気持ちで臨まないといけないことが良くわかります。
2008年3月頃から、少しずつご両親の戦争の話を聞き、ノートに書き留め始めました。

16歳の春、千葉県成田で海軍志願入隊試験を受験し、合格。
1942年10月、通信兵として第八艦隊所属「聖川丸」に乗船し、ラバウルへと赴く。

ガダルカナル島での激戦の通信の様子や、山本五十六長官からの感状の話など、書ききれないの省略しますが、よくもここまでの記憶が鮮明に蘇るものだと涙を流しつつ、感心してしまうほどです。
傷深い戦争体験を聞き書きしていくにつれ、進氏が語りながら嗚咽し、全身が震える様子。
幸子先生は、背中をさすり、ご自分もたくさん涙を流すことで、
お父様の心の傷をいたわり、戦友やたくさんの兵隊さんの御霊に「ありがとうございます」と祈りながらこつこつと書き記してこられたのです。

「聖川丸」は強運です。
民間商船から軍艦として太平洋戦争の最前線で戦務についていたにも関わらず、生き延びてきました。
そして、山口県志田沖海戦で17名の戦死者を出しますが、これはものすごく少ない数。
船体に大きな損傷を負いながらも沈没せず、終戦を迎え、志田沖で横たわった船体は修繕されて再び、太平洋を商船として航行するのです。
山口県志田村には、埋葬した戦友17名のお墓があり、進さんは戦友会の方々と慰霊碑を建立し、毎年、慰霊祭を行っています。
当時、村の方々が戦死者をともに手厚く葬ってくれ、今でもその温かいご厚意が続いているそうです。


「聖川丸」-インターネット検索・引用させて頂きました-
kiyokawa_convert_20110804235609.jpg

ご本人・進さんもとても強運でいらっしゃいます。
通信室が攻撃にあった時、1人だけ無傷で助かったのです。
復員後、大型冷凍機器を作る会社に就職。
米軍捕虜達から学んだ野球が大変役立ち、野球部でピッチャーとしても大活躍。
そして、取得した国家資格で冷凍技術者として岡山への一家転勤となります。

今年5月、岡山国際スケートリンクが約50年ぶりに建替えられグランドオープンしました。
旧リンクは、進氏が取締役工場長として「マルエス冷蔵株式会社」の冷蔵庫の上に建設されたものでした。
幸子先生がスケートのプロインストラクターとして活躍されているのも、
お父様の深い深い話があってのことなのだと改めて知りました。

お父様はグランドオープンしたスケートリンクを「聖川丸」の生まれ変わりと言われるそうです。

幸子先生も旧リンクの時代から、高橋大輔選手をはじめ、たくさんの子供たちを指導し、育ててこられました。
スケートの上達だけでなく、心豊かで感謝の気持ちを持つ大切さも育てています。
戦争体験者が、だんだん少なくなる中、記録を残し、慰霊や平和維持を引き継ぐ役目があるとおっしゃっています。

戦争に関する本は、ほとんど手にすることはなかったのですが、
このファイルを読ませて頂いたことで、8月は、より平和な祈りを捧げたいと思います。

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